工場を日本に残す意味はホントにあるの? → あります。

2ヶ月ほどプライベートを優先させていたため、エントリを追加することができませんでした。
もともと計画していたことだったのですが、事前に再会時期を明示しておたほうがよかったと、ちょっと後悔しています。
2ヶ月の間に様々なことがありましたので、後追いになってしましますが色々と書いていこうと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

さて、今回はダイヤモンド・オンラインに掲載されているちきりん氏と竹内健氏の対談の記事に反応します。この対談は、「エンジニアは会社よりも、自分のことを考えよう」ということをテーマにしたお二人の対談です。お二人のバックグランドは、リンク先の記事を参考にしていただくとして、以下の部分に注目します。

ちきりん:経団連は、東京電力や政府に対して、電気代を高くしたら日本から工場をなくすぞ!と脅していますよね。私、ずっと疑問なんですが、そもそも工場を日本に残す必要はホントにあるんですか?
竹内:雇用を考えなければ、ないですよ。ただ、一つだけあるとすれば、開発と製造は一緒にやったほうがいい、近い方が効率が上がるというのはありますね。サムスンも開発と製造を同じ拠点でやっています。でも、それだったら工場を台湾につくり、日本人の開発部隊を台湾に駐在させてもいいのです。

工場を日本に残す意味はホントにあるの?|エンジニアは会社よりも自分のことを考えよう!|ダイヤモンド・オンライン

私は前提条件付きですが、「工場を日本に残す意味はある」という立場です。その理由は次の2つです。

1. 製造を経験しなければ、新技術の開発はできない

もし、製品が既に成熟していて、これ以上発展が望めないモノであれば、その製品を日本で製造する必要はありません。ただし、製造を身を以て経験しなければ、製品の改良はその時点で止まってしまいます。製品の改良や新技術の開発は、製造とR&D部門が物理的に近いほうが圧倒的に効率が高いです。この点は竹内氏も指摘している通りです。もし工場を海外に移転してしまえば、新技術の開発分野において「日本発」の技術は無くなってしまいます。もしくは、他の海外勢に勝つための競争力を失ってしまいます。

今の日本の製造業はピークを過ぎたとはいえ、まだまだ大きな力を持っています。工場を海外に移転することに伴って、日本発の新技術が開発できなくなってしまうと、日本の製造業は現時点で持っている技術力を切り売りするしか生きる術がなくなってしまいます。切り売りするだけの財産があと何年残っているのか、その財産の価値がどこでゼロになってしまうのかを考えると、きっとあと10年は残っていないのではないでしょうか。

「新技術は日本発でなくてはならないのですか?」

当然、このような疑問も出てくるでしょう。海外で生まれた新技術を日本に導入することができれば、製造現場を日本に残しておく意味はありませんからね。しかし、そこで2つめの理由です。

2. 日本の国を維持するための政治的な意味

資源が無い、土地が無い、労働コストは高いのに労働人口は減少する、社会コストは高くて生活物価も高い。このような国に好んで進出してくる企業はおそらく皆無でしょう。それでも進出してくる企業は、製造現場としての日本の価値ではなく、消費現場としての日本の価値に魅力を感じているのだと思います。一部の製品においては、製造現場と消費現場が近いほうが価値が高いものがあります。消費国の文化を反映した製品を作ることで、製品の売上に大きな影響を与える種類のものです。このような製品を製造している企業は、消費現場としての日本に魅力を感じて、製造現場を日本に置くことでしょう。

ところが、他の企業が工場をどんどん海外に移転すると、労働人口の流出に結びつき消費人口の減少につながります。すると、消費現場としての日本の価値にも魅力がなくなってしまうのです。消費現場としての日本に魅力を感じていた企業も、どんどん撤退していくことでしょう。この結果、日本は国としてどんどん衰退していきます。日本の国を維持していくためにも、工場を日本に残す意味は大きいのです。


私は、一般の私企業が政治的に日本のことを考えてコストを負担する必要は無いと考えています。もし海外に工場を移すほうが魅力的なのであれば、どんどん海外に移せばよいと思います。日本に留まることに魅力を感じるような環境を整備することは、政治の仕事だと信じています。