博士後期課程に進学しますか?という話

※2012/11/21追記:「"博士課程"が前期か後期かわからない」というご指摘をいただきましたので、「博士後期課程」に変更しました。最終段落に「教育環境」という文言を追記しました。

奨学金1,500万円の取り立てにあう高学歴ワーキングプア-高学費と就職難が大学院生の心身壊すという記事がありました。今日はちょっと厳しめの意見で進めたいと思います。私は博士後期課程に3年間在籍して博士(工学)の学位を取得しています。ここでの経験も踏まえてということで。

1. 今の社会制度では、博士後期課程への進学はすごく慎重に考えたほうがいい

「高等教育の機会はできるだけ増やしたほうが良い」という意見を持っていますが、博士後期課程への進学だけは慎重に考えたほうが良いという立場です。これは以下の理由からです。

博士後期課程に進学したからといって、博士号が取得できるわけではない

私が博士後期課程に進学した当時、私が進学した大学での博士号取得率は50%と言われていました。つまり半分の学生は、博士後期課程を出ても学位を得られていないということです。博士後期課程は「単位取得退学」という制度があり、在籍中に学位を取れなくても卒業後2年間であれば在籍しているのと同じ条件で論文審査をしてもらえますが、ただでさえ多忙な研究生活と会社生活の中で、学位論文を執筆できる余裕はありません。そのため、単位取得退学をした後に学位を取得できるのは、研究活動は終わっていたけど事務的なスケジュールの都合で審査に間に合わなかった人たちだけでした。大学によって条件は様々ですが、博士論文を提出して審査をしてもらうためには、「査読付き論文に○本以上掲載されること」とか「海外学会で○回以上発表すること」などの条件があります。これらの条件を満たす過程で、「論文の査読にすごく時間がかかっている」とか「大学内の審査スケジュールにうまく乗れなかった」などの理由で、適切なタイミングで審査してもらえないことがあるのです。もちろん学会に提出した論文がリジェクト(掲載拒否)されることもあるのですが、まともな指導教官の下で適切に指導を受けていれば、博士後期課程後半で執筆した論文がリジェクトされることはほとんどありません。(まともな教官であれば、提出する学会の選定や、リジェクトされるレベルの論文かどうかの判断ができるからです。博士後期課程前半であれば、ダメもとで出すことはありますけどね。)このように、博士後期課程は博士前期課程(修士課程)までとは比べものにならないくらい厳しい道なのです。修士課程までは指導教官の指示に従っていれば学位が取れた分野であったとしても、博士後期課程では強力な意志を持って取り組まないと、そのまま期限切れで単位取得退学&2年間経過という結果になるのです。

すごくお金がかかる

最初に紹介した記事にも書かれていたことですが、博士後期課程への進学はとてもお金がかかります。私の場合は親が定年になってしまったため、学費や生活費の援助は期待できませんでした。でも奨学金を借りるかというと、卒業時の負債額を考えると現実的な方法とも思えません。学位が取れる保証もなく、就職できる保証もない中で500万円近い負債をかかえることはできなかったからです。そこで私が選んだ道はアルバイトでした。とはいえ、研究生活優先の中で時間を決めて働くことはできません。そこでソフトウェア技術者を募集している会社に応募し、「アルバイトとして雇って欲しい。できれば在宅で働きたい。不満だったら報酬はいらない。」という話をし、その条件で仕事をいただける会社の仕事をしていました。この点は本当に運がよかったと思います。学費と生活費が確保できたとはいえ、平日は研究活動、夜と休日は在宅アルバイトという生活で、3年間で休みが全く無い生活でした。それでも、大学からも会社からも理解が得られていたため、とても恵まれていた立場だったと思います。両親からの学費の援助が得られないのであれば、相当の覚悟が必要です。

親も自分も年をとる

両親からの援助とも関係してきますが、両親も年をとります。博士後期課程に進学する年齢の学生の両親は定年を迎えている場合もありますので、学部時代のように学費の援助を期待することはできません。また、両親が年老いて確実に衰えていくいく様子を見るのは、想像以上に不安になります。場合によっては大きな病気をしてしまうこともあるかもしれません。そのような時に、もしかしたら自分の夢を諦めなくてはならないこともあります。自分自身も年をとります。おそらく人間の心身のピークは20歳代だと思いますが、この期間を完全に研究生活に注ぎ込むことになります。学位が取得できたとしても、その時には確実に心身のピークから下り坂に差し掛かっている時です。同級生は5年〜10年も早く社会で活躍しています。特に民間企業への就職を考えているなら、そのタイミングで初めて社会に出ることになるのです。若さというのは、想像している以上に貴重な財産なのです。

博士号を取得したからといって何かが劇的に変わるわけではない

最も誤解されていると思われる点に、「博士号を取ったら研究者として活躍できる」ということがありますが、そんなことはありません。博士号は国家資格ではないため、それを持っている人だけに許された業務があるわけでもなく、逆に学位を持っていなくても研究職に従事することはできます。(現実問題として、大学等の研究機関に就職するために博士号の保持を条件にしているところがあり、スクリーニングの基準として利用されることはあります。)私も博士号を取得したからといって、何かが特別に変わったことはありませんでした。ただ、博士後期課程在学中の貴重な体験は今でも役に立っていると思います。もし「博士号」という学位だけを求めて博士後期課程に進学するのであれば、それは止めたほうがよいと思います。日本の社会では、博士に対する偏見がたくさんあります。特に「研究バカで社会不適合」という烙印を押されることがあり、むしろ邪魔に感じてしまうことのほうが多い印象があります。私は名刺にも記載していなかったため、同僚の中にも私が博士号を持っていることを知らなかった人は多かったと思います。

2. 学ぶ意欲のある人に、平等に教育機会を与えるというのは実は幻想

学ぶ意欲のある人に平等に教育機会を与えるという理念は素晴らしいと思います。でも現実は違います。

お金の問題だけでなく、様々な要因で教育機会を諦めなくてはならない人はたくさんいます。博士後期課程への進学で悩むことができるのはとても幸せな立場です。本当は大学への進学を希望していたとしても、様々な問題で進学を諦めなくてはならない学生はたくさんいます。もし救済が必要だとすると、学ぶ意欲があるのに大学に進学できない学生を救うほうが優先順位は上です。博士後期課程への進学を希望する学生の支援を検討するのは、大学進学を希望する学生の支援体制が整った後でも十分です。

何故か?

先に挙げた記事にもあったように、博士号取得者の進路は極めて厳しい現実があります。つまり社会の受け入れ体制が整っていないまま、博士が大量に生産されているのです。博士後期課程進学者を増やすためには、博士を社会で受け入れる体制を整えることが先です。受け入れ体制が整っていない社会に、大量に博士が放出されるほうが不幸な結果を招きます。これを解決するための一つの方法が、高等教育を受けた人を社会に増やすことだと考えています。裾野が広がれば、自然とその上の教育を受けた人も必要とされるでしょう。そのため、(1) 高等教育を受けた人を増やす、(2) 博士を社会で受け入れる体制を整える、(3) 博士後期課程進学者を増やす、という順番で進めていくのが現実的なのです。

そもそもで言えば、博士後期課程への進学を進路の一つに入れることそのものがとても恵まれていることなのです。世界を見れば、そのような教育を受ける機会はおろか、そのような教育機関の存在すら知らない人がたくさんいます。生まれた時代によっては、そのような進路を断念しなければならない人も多かったでしょう。この時代の、この日本の、少なくても大学に進学することが許される家庭に生まれただけでも、相当程度に恵まれているのです。

理念としては素晴らしいと思います。でも、受け入れ体制の整っていない世の中に博士を大量生産する前に整えなければならない様々な問題があるという点でも、博士後期課程の進学希望者を救済することが喫緊の課題であるとは思えません。

3. 博士後期課程に進むことができた運のいい学生の皆様へ

博士後期課程に進学できた学生の皆様は本当に運がよくて恵まれた人たちです。きっと今は目の前にあること、学位を取得することだけに精一杯でしょう。私もそうでした。でも、そうやって過ごしているときっと苦労することになると思います。

皆さんは博士号を取得した後のことを真剣かつ具体的に考えていますか?「今の大学に残れればよいかな」と考えているのであれば、具体的にどのポストに就くのかを真剣に考えていますか?そのポストはあなたが学位を取った時に空いている見込みはありますか?
民間企業に行くのであれば、目的とする会社に対して行動を起こしていますか?研究職を望むのであれば、就職を希望する企業や研究機関の方と学会で会うことがありますよね。そのような時に積極的に話を聞いたりしていますか?
海外への就職を希望しているのであれば、その国で生活基盤を整えるための方法を調べていますか?

企業社会は大学と違って、頑張っていれば結果が得られる場所ではありません。とてもたくさんの不合理と不条理で出来上がっています。そのような社会の中で上手に行動できることも、皆さんに求められている能力の一つであるということを、記憶の片隅にでも置いておいて欲しいのです。

4. 博士後期課程に進学する学生を増やすためにはどうすればよいのか

社会を発展させていくという意味でも、博士後期課程のような教育機関で教育を受けた人は必要でしょう。でも大きな問題が2つあります。一つはお金の問題で、もう一つは社会の受け入れ体制の問題です。

ここでお金の問題を解決しようとしているのが現在の動きです。でも卒業後の受け入れ先が無いことで、博士が供給過剰になってしまうという問題が発生しています。そこで国策として博士を増やそうというのであれば、企業の中から博士後期課程での教育を望んでいる人を受け入れてみてはどうでしょうか。この時の学費は国が援助するということにして。

ここではきっとこんな意見が出てくると思います。「どうして民間企業の人材に対して、税金から国が援助しなければならないのか」という疑問です。でも、国策として博士を増やそうというのであれば、どうして企業に所属していない学生には援助が許されて、企業に所属している学生には援助が許されないのでしょうか?企業に所属していない学生もいずれ就職していくことを考えれば、結果的には変わりませんよね?しかも「博士」という学位を与えることができるのは、文部科学省で認められた教育機関だけです。民間企業の教育で博士号を与えることはできません。しかも企業からの派遣で受け入れられるのであれば、博士号取得後の進路も心配ありません。需要の数だけ供給する体制が整うからです。民間企業の中に博士が増えていけば、自ずと博士の評価も正しく行われるようになるでしょう。(その結果「やっぱりいらない」となるかもしれませんが、それは教育機関側が努力して解決しなければなりません。)

私が学位をとったのは10年くらい前の話なので、今の教育環境がどのような状況なのか具体的にはわかりません。でも、当時のような教育体制で行われているのであれば、きっと博士は社会に対して大きな貢献をしてくれるはずです。